投票は、意思決定を「一人1票」に圧縮する圧倒的に効率的な仕組みだ。だが、その効率性こそが、現代の民主主義が抱える違和感の多くを生んでいるのではないか。最近そう考えている。
投票が暴力になるとき
ある議題について、51対49で決着がついたとする。手続き的には完璧に民主的だ。だが、49の側に立った人々にとって、それは「話し合いが終わったあとに数で押し切られた」ように感じられるだろう。話し合いらしい話し合いなんてなかった、と感じるかもしれない。
投票は「合意」ではなく「勝敗」を作る技術だ、という見方がある。Chantal Mouffe のいう「agonism」のように、対立そのものを消すのではなく、敵対を競合に変えていく設計が必要なのかもしれない。
熟議には時間がかかる
じゃあ熟議をやればいい、という単純な話でもない。熟議は時間がかかるし、参加者の認知リソースを消耗する。全員が同じ熱量で議論に参加できるわけでもない。
pol.is のような「非同期・スケーラブル・可視化される」熟議ツールは、このトレードオフに新しい答えを出そうとしている。台湾の vTaiwan プロジェクトでは、Uber の規制を巡って市民の意見を集約し、実際の政策に反映させた。投票ではなく、「みんながほぼ同意できる点」を数学的に抽出していく方法だ。
では、どう折り合うか
僕が興味を持っているのは、投票と熟議のあいだにある「第3の層」だ。たとえば、
- 争点を先に可視化してから投票する
- 投票前に「なぜそう思うか」の理由を共有する
- 全員一致ではなく「十分に多くの人が納得できる」ゾーンを探す
修士研究ではこのあたりを探っている。まだ答えは出ていないけれど、少なくとも「投票の前後に、もう少し言葉を尽くす余地があるはずだ」という直感はある。
次回は、pol.is を実際に授業で使ってみた話を書く予定。